盆踊り

みんなおなじで、

みんないい。

ひとりだけが目立つことなく、波風を立てず、みんなとおなじことを、みんなでずっと続けます。
そんな理想の場所が、ここにあります。

体験のご案内

まずは気軽に体験してみよう!

盆踊り

主な活動場所

東京都中央区日本橋人形町1-1-17日本橋小学校複合施設ほか
最寄駅 茅場町、水天宮前、人形町

主に週末(金~日曜)不定期にて活動しています。

盆踊り

盆踊り資料館

800年以上もの伝統に支えられた盆踊りの歴史や意義、踊り方などを紹介します。

盆踊り 協力

協力します

地域や企業、団体の親睦を深める交流の場として踊りは大変有効です。踊りの企画段階から選曲、講習など全面的に協力いたします。

Our Mission and Values

盆踊りを「無駄な時間」から「意味のある時間」へ

かつて娯楽が少なく、盆踊りぐらいしか楽しみがなかった時代には祭りに人が殺到しました。何故ならば、そこに参加する「意味」があったからです。もしあなたが現代の様々なタスクから解放され、原始人のような生活になったなら、きっと皆で輪になって踊る毎日を選択するでしょう。踊りは人間の本能なのです。

しかし、世の中は多様化し、様々な娯楽が普及し、YouTubeなどで好きな時に好きなものを見る時代になりました。すると、イベントとして一時的に盛り上がったとしても、家に帰ると、「ただ疲れただけ」「無駄な時間だったのではないか」との虚しい気持ちになります。これは、その時間に意味を見出せなかったからに他なりません。近年、インドア派や無趣味の人が増えているのは、外での活動に意味を見出せないからでしょう。私も、盆踊りの会を始めた当初は「盆踊りってやる必要あるの?」「何のためにやるの?」と言う声が圧倒的でした。もし、あと1年で人生が終わってしまうと宣告された場合、多くの人は「盆踊りなどやっている場合ではない!」と切り捨てるでしょう。しかし、原始人が同じ状況に置かれたならば、彼らはむしろ「踊り」を選択するのではないでしょうか。そこに何よりも重要な「人が生きる意味」があるからです。

 

活動に「意味」を見出すことができるのは人間にだけに許された特権です。そして、「意味」を見出さず、ただ惰性だけで動くようになるところから人間はどんどんダメになっていきます。

とは言うものの、私たちは盆踊りに無理に「意味」を付け加えたい訳ではありません。元々、盆踊りには「意味」があるのです。それは「祖先の霊を・・・」と言った盆踊り自体の意味のことではありません。あなたにとっての「意味」です。

盆踊りが何も考えずバカ騒ぎをするだけの浅はかな営みだったとしたら、これ程までに長く続いて来なかったはずです。例えば、皆さんは年始に初詣へ行く時、機械のように形式参拝する訳ではありませんね。その時の未来への願い、自分の置かれている状態、人間関係、抱えている悩み・・・など、ありとあらゆるものを背負って参拝するからこそ、初詣はあなたにとって特別な儀式、つまり「意味」のある行事になるのです。

同じように、盆踊りの中に、喜怒哀楽(喜び、怒り、哀しみ、楽しみ)と、時に一体化し、時に対比させ、人生の物語を身体で感じるのです。すると、自然と「自分とは何なのか」「自分がやるべきこと」「自分にとって必要なこと」「何を大切にすべきか」が湧き上がってきます。

生きる上で大切な「意味」を、盆踊りはきっとあなたに教えてくれるはずです。その時、あなたは気付くはずです。どんな仕事や義務、効率よりも、これは私にとって必要なことなのだと。

 

盆踊りは、あなたを「時間」と「場所」から解放してくれます。

 

いつも失敗を恐れているあなたへ。

盆踊りは何度でもやり直しができます。何度でも同じ場所に戻ることができます。盆踊りは「失敗」しても必ず元に戻れます。

 

いつも達成を求めているあなたへ。

盆踊りは誰でも確実に達成されます。必ずゴールに辿り着きます。そのゴールの場所は全員異なります。立っている場所こそがあなたのゴールなのです。

 

いつも逃げ出したいあなたへ。

盆踊りはいつでも好きな時に逃げ出すことができます。盆踊りであなたの代わりは沢山いるのです。抱え込む必要はありません。

 

いつも決められないあなたへ。

盆踊りは決断する必要はありません。常に身を委ね、流れるままに動けば良いのです。目指す方向は勝手に決めてもらえます。

 

いつも優先順位に翻弄されているあなたへ。

盆踊りに順位はありません。他のものと比べる必要はありません。何故ならば、全員が同じことをしているからです。

 

いつも後回しにしてしまうあなたへ。

盆踊りには先も後もありません。いつスタートしても、ただ前の人の後に続けば、それが最適になります。

 

いつも先々のことが気になるあなたへ。

盆踊りは現在が延々と続きます。先の不安を感じる必要はありません。今と同じことをずっとやり続けます。

 

どうですか、盆踊りの「意味」を感じることができたでしょうか?

Welcome to our BonOdori! 

【エッセイ】盆踊りと私 

今は盆踊りと言うとサブカルチャー(好きな人が楽しむ文化)と言うイメージですが、私は盆踊りは日本文化の王道と思って取り組んでいます。

まずは少し、現代盆踊りの変遷についてお話しいたします。
盆踊りはレコードの普及と共に日本全国に爆発的に広まりました。確かにそれ以前から楽器や生演奏・生唄で踊ったりする風土芸能はありましたが、日本のメジャー文化に押し上げたのはレコード盆踊りの功績です。昭和ひと桁〜30年代はまさに日本文化のトップに君臨しておりました。私が目標とするのはこの頃の文化です。そして、それを担っていたのは大正生まれ〜昭和ひと桁生まれの方々です。
ある番組で、昭和18年生まれの有名人の方が「僕たちの世代は盆踊りなんて古臭いものはあまり好きじゃない」と言っていましたが、今の若者とは異なり学生運動が盛んな世代は、旧来の文化を排除し「盆踊りは古臭い」「盆踊りはダサい」と言いました。この頃の世代から若い人が盆踊りに参加しない風潮が始まります。

さて、私が盆踊りを始めたのは1991年です。この頃は、まだまだ全盛期時代を引っ張って来られた方々(大正〜昭和1桁生まれ)がご健在でした。しかし、世間では盆踊りなどの日本文化は蓋をされてしまい、まさに「古臭いもの」「ダサいもの」と排除され、踊りの団体以外は踊っていないと言う状況でした。
ところで、私が子供の頃、盆踊りをまわると「そんなみっともないことはやめなさい!」と咎められました。盆踊りはその町内の運営費でその町内の人に対して催されていました。当時は、通夜に弔問に来た方に食事やお酒が振る舞われましたが、その食事やお酒をタダでもらうために、縁もゆかりもないのに通夜をまわって飲み食いする人がいました。自分の住んでいない町内の盆踊りをまわるのもそんな風に見られていたのです。
しかし、時代は変わり、インターネットやSNSが普及し、無料で楽しめるコンテンツも充実したため、お金を払わずに楽しめる行事も増え、盆踊りのあり方も大きく変化したように感じます。

盆踊り全盛時代を支えた方々も、2000年代に続々と他界されてしまいました。残された人たちは開拓世代ではないため、次第に惰性で続けるようになり盆踊りに活気がなくなります。そして2010年代から盆踊らーと呼ばれる人が登場し、「盆踊りって実は面白い」と全く別の文化として捉え直されました。この盆踊らー文化に関しては、私が歩んできた盆踊りとは異なる文化であるため、私にはよくわかりません。
ただ、私が残念に思うのは、ここで大きな交代があったため、文化的断絶が起き、何でもありのサブカルチャーになってしまったことです。冒頭でも述べましたが、私が追い求める盆踊りは、一部の好きな人が楽しむサブカルチャーではなく、みんなが楽しむ王道カルチャーです。
YouTubeを見るのが当たり前であるように、盆踊りを踊るのが当たり前、と言うのが王道カルチャーです。今、日本人の中で盆踊りを踊る人と踊らない人では、踊らない人の方が圧倒的に多いでしょう。その場合、踊る人にターゲットを絞るのがサブカルチャーです。しかし、王道カルチャーを追い求める私は、踊らない人の方が多い以上、「踊らない人」にターゲットを合わせています。これはマーケティングの観点からすると非常に非効率な手法です。にも関わらず「王道カルチャーの盆踊り」にこだわるのには理由があります。
私が学生の時、安室奈美恵や小室哲哉、エヴァンゲリオンなどの平成文化が流行しておりましたが、そこには全く魅力を感じず、純粋に三波春夫や盆踊りの方が面白いと思ってこちらを選択しました。その経験から、盆踊りはそれ自体で、他のどんな文化よりも魅力があると強く確信しています。

 

元々、私は今更盆踊りの活動をする気は全くありませんでした。会設立のきっかけは、たまたまある盆踊り会場に立ち寄った時のことです。櫓を囲んで町内会の方々が盆踊りを運営している中、隅の一角で奇想天外な踊り方をして注目を集め、別の輪を作っている集団がいました。何も知らない人からすると大道芸人のような珍しさがあるのでしょう。しかし、これは町内会の運営側からすると運営妨害以外の何物でもありません。その後、その集団の奇想天外盆踊りはサブカルチャー界で注目されたようです。サブカルチャーは好きな人が勝手に好きなようにやれば良いと思いますが、私が志す盆踊りは、別の輪を作る活動ではなく、本来の輪(先の例では町内会の方々の輪)の方です。

確かに私が子供の頃も、盆踊りをやっている公園の片隅で奇想天外な踊りをして運営の邪魔をする不良グループのような集団がいました。奇想天外なサブカルチャーは面白おかしく注目はされるでしょうが、それとは別に今の盆踊りに失われた大切なものにも目を向けていくべきではないか、と言う純粋な気持ちから会の活動をスタートしました。残念なことに最近は、先人の築いてきた文化を壊して自分たちの支配に塗り替えるパイの奪い合いが蔓延っています。そのような醜い争いとは一線を画しつつ、先人の育んだ文化を大切にし、その精神を頑なに守り続けていきたいと願います。

同世代の中では唯一、全盛期時代の先生方から直接教えを頂いたことがある最後の人間として、私は王道の盆踊りを追い求めていきます。ただ単にバカ騒ぎをするだけの下品な盆踊りではなく、ただ単にそれっぽいものを並べただけの芋臭い盆踊りでもなく、人間の喜・怒・哀・楽を踏まえた深みのある近代芸能の集大成として、心の奥底に染み入る夏の一幕を演じます。

永田英晃(雅号 永田天峰)

ポート株式会社が運営するキャリアパークエージェントのキャリア地図からインタビューを受けました。