【会員向け】ONDO Road Map

踊りとともに

人生を歩む。

ONDOでは、ただ踊るだけでなく「自分にとって意味のある活動」を目指しています。ここでは、この先、どのように踊りと携わっていくのかをイメージしてもらうため、簡単な踊りのRoad Mapを作りました。

ONDO Beginners

入会1年目前期(入会-9月) 

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まずは難しいことは考えず、振付を覚えて踊ってみましょう。踊る楽しさを感じてください。 

ONDO星組

入会1年目10月~20代

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活動に慣れてきたら、少しずつ踊りの基礎を学んでみましょう。広報用の撮影など外部向けの活動に積極的に携わり、ONDOの屋台骨を支えます。踊りの意味やメッセージを捉えながら真髄を深めていきましょう。

ONDO宙組

30代〜

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ONDOの運営を担いつつ、家庭や仕事、人間関係を築くことそのものが踊りを支える背景となります。「踊りから人生を学ぶ」から「人生から踊りを学ぶ」に転換していきます。

皆さんにとって実感が湧くのはこの辺りまでだと思いますが、人生100年時代における踊りの旅はこの後もまだまだ続きます。先人たちの例を参考に遠い未来もイメージしてみましょう。 

〜49歳 

謙虚さを忘れず、周囲に感謝の心を持ち、ただひたすらに内省します。心と踊りを一体化させましょう。 

50〜64歳

「踊りとは何か」が少しずつ分かってくる年齢です。活動も多くなる時期なので積極的に楽しみましょう。

65〜81歳

踊りに円熟味が増してくる頃です。周りを牽引するとともに自らの人生を振り返りつつ踊りを安定させます。

82歳〜100歳 

踊りのベテランの域に達します。後進を見守りつつ、自分の踊りを確立させ極めます。

101歳〜 

100歳を超えたらまた新たに0歳から始めるつもりで人生を循環させていきましょう。次の時代を見つめつつ心の踊りを極めます。盆踊りの年齢は800歳ですし、地球の年齢は46億歳、宇宙の年齢は138億歳です。100歳を超えてもまだまだヒヨッコですよ!

仏教では輪廻転生と言う考え方があります。盆踊りは仏教の影響が強く、同じところをグルグル廻るし、踊りも同じ振りの循環です。そして生命も循環します。また次に生まれ変わっても、再び出逢い共に踊りましょう! いえ、実は私たちは既に前の世でも一緒に踊っていたのかも!?
※現代では突拍子も無く聞こえるかもしれませんが、少し前まではこの考え方が一般的でした。 

盆踊り曲「百まで踊ろ」

YouTube

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三波春夫

ご挨拶

弊会の会長は幼少の折から盆踊りに従事し、学術的には日本史学・日本語学を修め、芸術では書道、民踊、歌謡、浪曲、講談、詩吟を学び、教育の分野では大学や各種教育機関において第一人者として指導的活動をして参りました。近年は公務員の方への講習指導を担い、区民(都民)の方々にとって住み良い地域社会の実現を模索しております。その長年の活動の集大成としていくつかの社会教育関係登録団体も運営しております。時には生みの苦しみに心が折れる時もございましたが、その志を支えたのは、学生の折に国民歌手・三波春夫先生より頂戴した数々のお手紙でございました。また、弊会設立当初の頃には、政府閣僚および自由民主党役職を務められた、ある代議士の先生より「盆踊りは今、世界でも注目されている。是非活動を頑張ってほしい」と背中を押して頂き、お陰様で日々着々と活動を拡大することができました。
日本は世界で最も歴史の長い国であり、その根源たる日本文化は、日本人である我々が堂々と世界に誇るべきものであります。
弊会は日本の歩んできた道、先人が守ってきた日本文化の魂を遵守し、目先の派手さのみで中身の無い虚構ではなく、噛めば噛むほど味が出る鯣のような藝を追い求めております。そして、来るべき未来に向けて日本文化はどのようにあるべきかをしっかりと見つめ、亀の歩みで日々の稽古に励んで行きます。

3つの柱

踊りを一般の人にも楽しんで頂くことを目標としていますが、弊会では特に「学術性」「芸術性」「教育性」の3点をしっかりと意識しています。学術性とは歴史的・体系的背景から「盆踊りとは何か」を追究すること、芸術性とは時空を超えた「盆踊りの美しさ」を現出していくこと、そして「学術」「芸術」を多くの方に楽しくわかりやすく伝えていくことが教育性です。これらを全て網羅し、弊会では「体系的に裏付けられた」「美しさを」「わかりやすく楽しく教える」と言う3つの柱を基本にしています。 

東京都特別区の社会教育関係登録団体 

弊会に所属する団体の多くは東京都特別区の社会教育関係登録団体であり、月謝が主催者に入る「教室」ではありません。
【参考】社会教育法 第三章 社会教育関係団体
(社会教育関係団体の定義)第一〇条 この法律で「社会教育関係団体」とは、法人であると否とを問わず、公の支配に属しない団体で社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とするものをいう。
(文部科学大臣及び教育委員会との関係)第一一条 文部科学大臣及び教育委員会は、社会教育関係団体の求めに応じ、これに対し、専門的技術的指導又は助言を与えることができる。2 文部科学大臣及び教育委員会は、社会教育関係団体の求めに応じ、これに対し、社会教育に関する事業に必要な物資の確保につき援助を行う。
(国及び地方公共団体との関係)第一二条 国及び地方公共団体は、社会教育関係団体に対し、いかなる方法によつても、不当に統制的支配を及ぼし、又はその事業に干渉を加えてはならない。 

現代に合った新師弟制を採用

弊会は生徒が月謝を支払う教室制ではなく、師匠が費用を全て負担し次世代を担う逸材を育む師弟制を採用しています(踊りを学ぶための費用は一切かかりません)。しかし、かつての厳しい師弟制ではなく令和の時代に合った新しい師弟制です。
先生と生徒といった上下関係よりも親子や兄弟姉妹のように親身に踊りや踊り以外の人生も支え合う関係を目指しています。時に優しく時に厳しく、本音でぶつかり合いながら日々、学び合いそして助け合っています。

パラレルキャリアとしての踊り

人の寿命が延びた現代では、個人は一つの組織に依存し、同じ仕事を続けるだけではなく、別の「第二のキャリア」に時間と労力を費やすべきだと言われています。弊会では趣味の枠組みを超え、未来の自分への投資で踊りの技術を磨く「パラレルキャリア」として踊りを捉えています。人生100年時代において踊りの価値は高まり、若いうちに技術を習得していくことで近い将来、時代の先駆者として大いに活躍することができるでしょう。

 【エッセイ】盆踊りと私

 今は盆踊りと言うとサブカルチャー(好きな人が楽しむ文化)と言うイメージですが、私は盆踊りは日本文化の王道と思って取り組んでいます。

まずは少し、現代盆踊りの変遷についてお話しいたします。
盆踊りはレコードの普及と共に日本全国に爆発的に広まりました。確かにそれ以前から楽器や生演奏・生唄で踊ったりする風土芸能はありましたが、日本のメジャー文化に押し上げたのはレコード盆踊りの功績です。昭和ひと桁〜30年代はまさに日本文化のトップに君臨しておりました。私が目標とするのはこの頃の文化です。そして、それを担っていたのは大正生まれ〜昭和ひと桁生まれの方々です。
ある番組で、昭和18年生まれの有名人の方が「僕たちの世代は盆踊りなんて古臭いものはあまり好きじゃない」と言っていましたが、今の若者とは異なり学生運動が盛んな世代は、旧来の文化を排除し「盆踊りは古臭い」「盆踊りはダサい」と言いました。この頃の世代から若い人が盆踊りに参加しない風潮が始まります。

さて、私が盆踊りを始めたのは1991年です。この頃は、まだまだ全盛期時代を引っ張って来られた方々(大正〜昭和1桁生まれ)がご健在でした。しかし、世間では盆踊りなどの日本文化は蓋をされてしまい、まさに「古臭いもの」「ダサいもの」と排除され、踊りの団体以外は踊っていないと言う状況でした。
ところで、私が子供の頃、盆踊りをまわると「そんなみっともないことはやめなさい!」と咎められました。盆踊りはその町内の運営費でその町内の人に対して催されていました。当時は、通夜に弔問に来た方に食事やお酒が振る舞われましたが、その食事やお酒をタダでもらうために、縁もゆかりもないのに通夜をまわって飲み食いする人がいました。自分の住んでいない町内の盆踊りをまわるのもそんな風に見られていたのです。他にも「デパ地下の試食コーナーを毎日まわって空腹を満たしている人たちと同じ」「炊き出しに群がる浮浪者と同じ」などと分頼されていました。
しかし、時代は変わり、インターネットやSNSが普及し、無料で楽しめるコンテンツも充実したため、お金を払わずに楽しめる行事も増え、盆踊りのあり方も大きく変化したように感じます。

盆踊り全盛時代を支えた方々も、2000年代に続々と他界されてしまいました。残された人たちは開拓世代ではないため、次第に惰性で続けるようになり盆踊りに活気がなくなります。そして2010年代から盆踊らーと呼ばれる人が登場し、「盆踊りって実は面白い」と全く別の文化として捉え直されました。この盆踊らー文化に関しては、私が歩んできた盆踊りとは異なる文化であるため、私にはよくわかりません(意思共有ができないため、弊会では盆踊らーを参加対象から除外しています)。
ただ、私が残念に思うのは、ここで大きな交代があったため、文化的断絶が起き、何でもありのサブカルチャーになってしまったことです。冒頭でも述べましたが、私が追い求める盆踊りは、一部の好きな人が楽しむサブカルチャーではなく、みんなが楽しむ王道カルチャーです。
YouTubeを見るのが当たり前であるように、盆踊りを踊るのが当たり前、と言うのが王道カルチャーです。今、日本人の中で盆踊りを踊る人と踊らない人では、踊らない人の方が圧倒的に多いでしょう。その場合、踊る人にターゲットを絞るのがサブカルチャーです。しかし、王道カルチャーを追い求める私は、踊らない人の方が多い以上、「踊らない人」にターゲットを合わせています。これはマーケティングの観点からすると非常に非効率な手法です。にも関わらず「王道カルチャーの盆踊り」にこだわるのには理由があります。
私が学生の時、安室奈美恵や小室哲哉、エヴァンゲリオンなどの平成文化が流行しておりましたが、そこには全く魅力を感じず、純粋に三波春夫や盆踊りの方が面白いと思ってこちらを選択しました。その経験から、盆踊りはそれ自体で、他のどんな文化よりも魅力があると強く確信しています。

元々、私は今更盆踊りの活動をする気は全くありませんでした。会設立のきっかけは、たまたまある盆踊り会場に立ち寄った時のことです。櫓を囲んで町内会の方々が盆踊りを運営している中、隅の一角で奇想天外な踊り方をして注目を集め、別の輪を作っている集団がいました。何も知らない人からすると大道芸人のような珍しさがあるのでしょう。しかし、これは町内会の運営側からすると運営妨害以外の何物でもありません。その後、その集団の奇想天外盆踊りはサブカルチャー界で注目されたようです。サブカルチャーは好きな人が勝手に好きなようにやれば良いと思いますが、私が志す盆踊りは、別の輪を作る活動ではなく、本来の輪(先の例では町内会の方々の輪)の方です。
確かに私が子供の頃も、盆踊りをやっている公園の片隅で奇想天外な踊りをして運営の邪魔をする不良グループのような集団がいました。奇想天外なサブカルチャーは面白おかしく注目はされるでしょうが、それとは別に今の盆踊りに失われた大切なものにも目を向けていくべきではないか、と言う純粋な気持ちから会の活動をスタートしました。残念なことに最近は、先人の築いてきた文化を壊して自分たちの支配に塗り替えるパイの奪い合いが蔓延っています。弊会に対しても、若い世代が中心に活動しているために新興団体から目を付けられ、活動妨害をされることが多くありました。歴史を正しく理解せず己の欲望のためだけに盆踊りを始めた魑魅魍魎の輩は、活動云々の前にまず日本人としての倫理を学ぶ必要があると感じます。しかし我々は、そのような醜い争いとは一線を画しつつ、先人の育んだ文化を大切にし、その精神を頑なに守り続けていきたいと願います。
同世代の中では唯一、全盛期時代の先生方から直接教えを頂いたことがある最後の人間として、私は王道の盆踊りを追い求めていきます。ただ単にバカ騒ぎをするだけの下品な盆踊りではなく、ただ単にそれっぽいものを並べただけの芋臭い盆踊りでもなく、人間の喜・怒・哀・楽を踏まえた深みのある近代芸能の集大成として、心の奥底に染み入る夏の一幕を演じます。